OMOIDE IN MY HEAD

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眠らずに、朝が来て躓きながら帰る

ポケットに手を突っ込んでセンチメンタル通りを

ねり歩く、17歳の俺がいる

=== ナンバーガール OMOIDE IN MY HEAD

ここ最近、40歳を迎えるにあたり人生をよく振り返りますが、やはり17歳の思い出は強烈です。当時私はオリジナルバンドをやっていて、ミュージシャンになりたいと思っていました。しかし地元の静岡県沼津市でミュージシャンになるイメージは湧かず、とにかく東京に出なければと思っていました。

かっこ悪いですが、親に援助してもらうためにも一旦大学に入るべきかと思い入学して東京での生活を開始しました。そこで18歳になり人生に一つの区切りがつきました。大学生以降、今でもバンドをしていますが、プログラミング・コンサルティング・ビジネスなどやはりこの時を境に大人になったのだと思います。

だから17歳の思い出が強烈で今でも輝いています。冒頭ナンバーガールの歌詞にもありますが、よく夜中ふらついていました。田舎なのでコンビニぐらいしか店はあいておらず、公園とか路上をふらつくだけです。

まだ車も無いので移動は自転車、夜中なら家まで1時間かけて自転車で帰っていたりしました。バンド活動をしながら予備校に通っていて、彼女もいました。でも辛くもなんともなくて、全力で17歳を楽しんでいました。

駅の思い出が特に多いです。高校の最寄駅はJR三島駅で、実家の最寄駅は原駅なので、

三島

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沼津

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片浜

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という3駅の移動が多かったのですが、沼津終点/始発が多く、三島駅や沼津駅のホームで電車を待つことが多かったです。駅で待っていると友達が来たり、違う高校の怖い奴が来たり、かわいい子が来たり、色々ありました。

当時1997年頃の沼津周辺は夏はそこまで暑くなく、冬はとても寒かったです。夏も外でよく遊んでいたし、冬はとにかく寒くて死にそうになりながら自転車に乗っていました。春は暖かくて、秋は肌寒くて、よく記憶に残っています。

そもそもなぜ急にこのビジネスブログで17歳の思い出を書きたかったかというと、先ほどホーチミンの映画館で日本の映画「天気の子」を見てきて、やはり17歳(映画の主人公は15歳と16歳)は特別だなと思ったからです。

この話が22歳と23歳ではやはり成立しないと思います。18歳未満でないとこんなにファンタジーでSFな仕上がりにならないのです。それは我々が17歳を体験して、そういう時があったからだと思います。

今から17歳に戻りたいとは別に思いませんが、17歳の思い出はいまでも頭に残っていて、幸せな気持ちを届けてくれます。一方、30代も楽しかったです。これは奥田民生のイージューライダーの歌詞がまさにその通りでした。

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僕らの自由を 僕らの青春を

おおげさに言うのならば きっとそういう事なんだろう

眠らない体を 全て欲しがる欲望を

誇らしげにいうならば きっとそういう感じだろう

=== 奥田民生 イージュー★ライダー

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